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─13─ 対話

Author: 内藤晴人
last update Last Updated: 2025-04-04 20:30:00
当初の予定通り、別働隊が先陣を切って敵とぶつかったという報告が本隊にもたらされた。

予想以上に早い到達に、敵は総崩れとまではいかなかったものの、いったん引いて陣形を立て直し、味方の到着を待っているかように見えるという。

ならば、その前に叩き潰してやればいいんだな、そうシーリアスがうそぶくと、周囲はどっと沸き立った。

その頃ユノーの剣技や馬術は、歴戦の勇者とは行かないまでも並みの騎兵と遜色ない物になっていた。

その事実に一番驚いていたのは、他でもないユノー本人である。

戸惑うユノーに僅かに苦笑を浮かべながら、命令を下した張本人の司令官は言った。

虫も殺せないような優しい顔をしていても、その中に流れる血は紛れもなく武門の家柄のそれだったのか、と。

明日にも本隊が戦場に到達するだろうという段になって、シグマが何気ない口調で前を行く司令官に尋ねた。

「大将、何で坊ちゃんにまともな攻撃方法を教えないんですか?」

素質はあるんだから、と言うシグマに指南役だったカイもうなずき同意を示す。

事実、ユノーはこの行軍の間にカイから教えられた防御の基本形を全て拾得していた。

その剣技はカイの剣のみならず、シグマの戦斧をも弾き返すほどにまで上達していたのである。

だが、そんな両者にセピアの髪の司令官は肩越しに素っ気なく答える。

「取りあえず今回はお預けだ。あせって付け焼き刃で覚えても逆効果になる。前にも言ったがな」

第一、初陣の仮騎士待遇に頼るようでは蒼の隊の名がすたる、と皮肉に笑って見せた。

心外、とむくれるユノーに、シーリアスはやはり肩越しに言う。

「戦力外と言っている訳じゃない。貴官が防御に徹してくれれば、充分俺達が戦える。生きて帰ればこの先いくらでも機会は転がっている。何も急いで手を汚すこともないだろう?」

「けれど……自分も一応、隊の一員として……」

「生半可な知識で人を殺しても、下手をすれば混乱に陥るのがオチだ。敵の攻撃より、そっちの方が洒落にならない」

「……それが殺意の暴走、なのですか?」

恐る恐る尋ねるユノーに、シーリアスはうなずいた。

「そうなったら敵も味方もあった物じゃない。前にも言ったが、自分以外の連中はみんな仲良くあの世行きだ。無事に帰れたら、そのうち教えてやるから、取りあえず今回は生き残ってみ
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